「篠ノ女、有難う」
部屋に引かれた布団で眠っている朽葉を眺めていた篠ノ女は、後ろから掛けられたその声にゆっくりと振り向いた。
障子が開いていて、そのすぐ外にある廊下には片目を眼帯で覆った少年が立っている。
「なにがだ?」
「さっき、犬神を止めてくれたから」
「ああ――あれはお前の力だろーが」
でも、篠ノ女の言葉が無かったら出来なかったよ、と鴇言う。
「それに、俺が止める前に、鶴梅さんと犬神の間に入って二人を止めてくれたじゃないか」
「あれも高見の見物してるヤツがムカついたんだよ、」
だいたい、何でお前が礼を言うんだ?
そう聞き返してやれば、鴇は一瞬押し黙った後で篠ノ女を見上げる。
「犬神が人を傷つけたら、朽葉はきっと気にするから」
からかうつもりが真っ直ぐなその視線に射ぬかれて、たじろいだのは篠ノ女の方だった。
口の端を歪めて、答えになってねえよ、と篠ノ女は笑ってみせる。
「篠ノ女だって、そうだろ?」
「…分かったようなこと言うのな」
分かるよ、と鴇は言う。
「だって俺も朽葉が傷つくのは嫌だから」
ふう、と静かに溜息を吐き出して篠ノ女は、じゃあ、これも分かるか?と鴇を見る。
適当にごまかして軽く受け流せばいいのに、それが出来ない自分はまだまだガキだ。
「俺はもう『白紙の者』じゃない。今の俺はただの人間で、犬神を止める力なんてねぇんだよ、お前と違ってな」
「うん」
「使えるもんなら何だって使うし、そこで役に立たないっつーんなら俺のプライドなんてもんはどーでもいい」
出来れば俺が、なんて考えは単なる自己満足でしか無いのだと思い知っている。
守るために役立たないならば、そんなものは必要ないと切り捨てるべきだ。
笑みを消した篠ノ女はその目をすっと細める。
「けど俺だって人間だからな、よりによって朽葉のことでお前に礼を言われるのは正直微妙に面白くねえんだよ」
普段よりも低く響く篠ノ女の声とその言葉に、鴇の目がゆっくりと丸く見開かれた。
さあ、どんな反応がくる?
篠ノ女は沈黙したまま、じっと鴇を見る。
う〜ん、と小さく唸った鴇は、指の先で頬を掻いた。
そして、
「そうだろうなーって思うよ」
と、それをあっさり肯定して見せたのだった。
予想外な鴇のその反応に、は、と篠ノ女の口から思わず間抜けな声が漏れる。
「でも、俺がお礼を言いたかったから。だから言ったんだ。これは俺の我侭」
そう言ってにっこりと鴇は笑い、もう一度最初に言った言葉を繰り返す。
「有難う篠ノ女、朽葉が傷つかないように犬神を止めてくれて」
お前なあ、と篠ノ女は肩を落として心底呆れたように呟いた。
軽い眩暈を覚えて手で額を押さえる。
俺もガキだか、目の前のコイツも相当ガキだったらしい。
そんなことを面と向かっていけしゃあしゃあと言うなんて、まったく、と内心篠ノ女はごちる。
第一、本来ならば礼を言わなければならないのは篠ノ女の方であるわけで。
「…タチの悪ィ奴」
「だってどっちも大事だから」
俺、こっちに来て、すごくワガママになったんだよ。
そう言って、幸せそうに笑って、鴇は部屋の中央へと視線を送る。
釣られるようにそちらを見た篠ノ女の目に、規則正しい寝息を立てて眠っている穏やかな朽葉の姿が映った。
アニメ4話の穴埋め的妄想。
紺が鶴梅さんと犬神の間に割って入ったのは、犬神が人を傷つけたら朽葉も傷つくってことを知ってるからなんだよ、という話。
でも自分の力じゃ犬神を止められないから鴇に頼む(?)んだけど、根っこの部分では自分で守れたらとも思ってて色々複雑なんだよ、という話。
そして三人組が心底好きな話でもある。
捏造も甚だしいな・・・!