「あんた、すごいな」



眼下を見下ろして、アルトは思わずそう呟いていた。
遙か下に見える何万という人、人、人。彼らのその視線は飛翔するアルトの軌跡をただひたすらにに追っている。否、正しくは今アルトが抱えて飛んでいる少女――シェリル・ノームを追っているのだ。
銀河の妖精、シェリル・ノーム。ステージから落下した彼女を抱え飛ぶ、というアクシデントの中、僅かとはいえ彼女と同じ視線に立って同じ世界を垣間見ることでアルトはようやくそう呼ばれる意味と理由を理解していた。この何万人という人間が、彼女の姿を見て、彼女の歌を聞くためだけにここにいるのだ。それがどれ程凄いことなのか、似たような場所に立ったことのあるアルトはよく分かる。
歓声が上がった。名前を連呼する声がうねりとなってアルトの耳へと届く。熱気が、感情の高ぶりが、まるで目に見えるようだった。その眼に見えぬ質量はアルトを圧倒させる。そして彼らをここまで熱狂させるのが、シェリル・ノームというこの少女とその歌声だった。
CMや街中で何度か耳にしたことがある彼女の歌は、けれど機械にコピーされたものと実際に聞くのとではまったく違っていた。落下する彼女を抱えて飛んだアルトの耳元で響いたその音に、反射的に体が震え、くそ、と思わず悪態がこぼれた。体が震えたことも、そのことに悪態を突いてしまったことも、その両方が不覚だった。してやられたような悔しいような想いと、微かに肌の粟立った感覚が今もまだアルトに残っていた。
歌詞が途切れた。間奏が流れて、完璧な笑みをその表情に保ったままシェリル・ノームがマイクを唇から遠ざける。

「ちょっとあなた」

突然呼ばれぐい、と胸元を掴まれた。首筋に柔らかな髪が触れる。まったくの不意打ちに、アルトの口からはは、と間抜けな声が漏れる。

「ちゃんと西の方にも飛んで、さっきから全然行って無いじゃない!」
「な…っ、」

返事をする暇も与えずにそう一方的に言い捨てたシェリル・ノームは、次の瞬間まるで何事も無かったかのように再び歌い始めた。銀河を魅了する音が大気を震わせる。そこには、今さっきアルトに凄んだ面影などどこにもない。何なんだ、あんた!思わずそう言い返そうとしたアルトは、口を開き、そして、結局言葉を飲み込んだ。
力強い歌声に完璧な笑み。そして先程の命令するような物言い。堂々としたその振る舞いは、これが演出では無くアクシデントだとは微塵も悟らせないだろう。けれど見た目は軽く回されているだけの片腕は、微かな震えをアルトへと伝えていた。
地上から数十メートル。落ちれば無事で済むはずが無い、その高さ。怖くないはずが無かった。彼女はアルトのように飛ぶための訓練を受けた人間では無いし、ベルトやネットなど彼女の安全を保証するものは何も無い。ましてや彼女は一度落下したのだ。成す術も無く落ちていく恐怖。それを味わったその後で、けれど、この女はなんと言ったのか?
曲が終わった。大きく手を振るシェリル・ノームがその顔に笑みを保ったままアルトの方へと顔を寄せる。

「もう少し高く飛んで、これじゃあ端の方から見えないわ!」


アルトは完璧な笑みを振りまいているその少女をまじまじと見返し、まったく、と心の中でため息を吐いた。無意識の内に呆れたような笑みが浮かんだけれど、これは負の感情から浮かんだものでは無かった。完璧な笑みを保ったまま、歌い続けるシェリルの横顔を眺める。


――あんた、ほんとにすごいな。


当然よ。あたしを誰だと思ってるの。
この女ならそう返すのだろう。アルトはその傲慢にすら聞こえる台詞を想像し、やはり苦笑する。そしてその体をしっかりと抱きかかえ、更に高く飛翔した。









二人のファーストインプレッション。
恋愛において相手を尊敬出来るか否かっつーのは結構重要だと思う。
アルトはシェリルのプロ意識の高さだとか自分に対する厳しい面とか、素直に凄いと思ってると思うので(そしてそこがアルシシェリは萌える)